アガペーのうちにあるエロス

アガペーのうちにあるエロス
 いわき市立美術館 学芸課長 佐々木吉晴

人間は土からつくられた。
 古バビロニア時代のギルガメシュ叙事詩には、女神アルルが先史時代から受け継がれた手法にのっとり、土をこね焼き固めて最初の人間をつくったことが記され、またエジプトの初期王朝時代の遺跡には、創造神のひとりクヌムがろくろを回して黒い土kemetから人間をつくるさまを表すレリーフ図像が残されている。古代中国では最初の女神が泥から人をつくり、やがて細かい仕事に飽きてきたので荒縄を引きずって泥をはねあげ、それらを人間にしたとされる。丁寧につくられた人間は金持ちに、泥のはねから生まれた人間は貧乏になったというエピソードはだいぶ後になっての創作だが、いかにも中国的で面白い。美しい女の子が竹から生まれるという日本の「竹取物語」についても、地面からまず植物が生えてそこから人間が誕生するという神話構造は、広くペルシアや東南アジアにも残されている。
 旧約聖書では、最初の人間アダムは土からつくられた。厄災の美女パンドーラもまたゼウスの謀計によって土からつくられたとされ、洪水を生き延びた彼女の娘夫婦がパルナッソス山で後ろ向きに投げた石塊から、ギリシア人の先祖が生まれた。そもそもギリシア神話では、人間は大地の女神ガエアの一部から生まれたという。ローマ時代に編纂された『ヒュギヌス寓話集』(2世紀)の中でサトルヌスが語る「人間は土からex humoつくられているのだから、人間homoと呼ばれるべきだ」という一節は、そうしたはるか古代から続く人間(の文明)と土との関係を象徴している。
 人間の文明もまた、土から生まれた。
 かつて神が泥から人間をこしらえたように、湯川隆は粘土をこねて成型し焼き上げて人体彫刻をつくる。そしてアプロディテーが息を吹きかけてピュグマリオンの彫刻に生命を与えたように、彼は柔らかい指先のタッチで生命の静かな律動と官能的な柔らかさをそのテラコッタの皮膚に付与する。実際のところ湯川は大理石も用いれば、ブロンズ彫刻も手がける。木も、彼にとっては最もなじみ深い素材のひとつだ。しかしそれでも、彼がテラコッタから離れることはないようにみえる。なぜならいずれの技法においても、彼の彫刻からわれわれは粘土のあの絹のように滑らかで暖かい官能を、あるいは焼きしめた土の内側に封じ込められた柔らかさにも似た皮膚感覚を感じずにはいられないからである。
 われわれはまた、幾つか表現上の葛藤を経てイタリア滞在から帰国後の彼の近年の彫刻に、理性と本能の調和あるいはアガペーとエロスの合一のきざしを見いだしている。清浄なアガペーの皮膚で包み込まれた内側から滲み出てくるエロス。そもそもエロスもまた、カオスからガエアが生まれたときに一緒に誕生した始原のひとつなのだ。今、徐々に、湯川隆独自の世界が普遍的を帯びて立ち現れはじめている。その重要な続きを最初にみるのが遠く離れたコロンビアの人々であることを、いささか羨ましく思いつつ、素直に喜びたい。